~ 徹する ~

今日はマスタートムとブランチを取った。


カイロプラクターが病名や医療用語などをプラクティスに用いる危うさについての話しになり、とても考えさせられるものだった。


あるカイロプラクターの下に一人の女性がやって来た。

その女性は長年糖尿病に苦しんでおり、そのカイロプラクターは症状や病名、血糖値の数字など諸々細かに聴き取り、彼女の望みのままに知人の医師への紹介も行った。

カイロプラクティックケアを続け、そのクライアントが故郷に帰ることになってから数日後。


何とその女性にカイロプラクターは訴えられた。


理由は彼女の糖尿病の症状が重くなったからだと言う。


出廷し証言した知人の医師はカイロプラクティックのことをあまり理解しておらず、法廷では


彼は血糖値も調べていたし、その女性を糖尿病患者としてウチにも紹介してくれた。なので、もしかしたら彼も糖尿病の治療をしていた可能性があるかも・・・的な発言をしてしまった。


確かにそのカイロプラクターは、「病気や症状の治療はしない。」とそのペイシェントに伝えていたそうだが、結果として彼の言ってることとやってることの不透明さが


そのペイシェントに"病気を治療してもらっている"と感じさせ、

医師が"医療とカイロが連携して治療にあたっている"と感じさせた。


最終的にそのカイロプラクターは裁判には勝ったそうだが、

何故症状の羅列や病名・症状を組み込んだカイロプラクティックケアを提供するのは危険なのか?

何故カイロプラクターは徹底した姿勢で臨むべきなのか?


を十分に教えてくれる話しだった。


治療では無いと謳いながらHPの検索ヒットを上げる為や、

看板を目立たせる為に症状や病名の羅列をすれば


それを見て訪れるクライアントも、

病気の治療を受けたくて必死に治療院を探している患者も、

社会の認識も、



混乱に陥れる原因になる。



自分がカイロプラクティックと世の中の"サブラクセーション"になっちゃいかんな!!!













「私はプロとは軸がブレない人、自分の信じた目指すべきものをぶらさずに、
 徹底的にこだわって、それを実現に向かって努力する人間だと思っています。」

 By 輿水精一(サントリーブレンダー室チーフブレンダー)『致知』2009年5月号

~ HOW NARROW IS CHIROPRACTIC ~

今回、BJの文献「HOW NARROW IS CHIROPRACTIC」の和訳をする機会があった。

依頼された方の許可も頂いたので、このブログにそれを載せようと思う。


※この和訳はあくまでも自分のフィルターを通したものであり、当然原文を読んだ人それぞれによって解釈は異なる可能性があることを承知の上でご覧頂きたい。



和訳ここから↓

「カイロプラクティックはどれだけ狭いのか!」 

 BY B.J.PALMER 1954年




 私たちは多くの罵声と議論を聴き、多くのプラクティスを観察し、あるカイロプラクター達が、自分たちが行うことは非常に少ないが故に、カイロプラクティックは限定的であるという考えに関する多くの文献も読んだ。他のカイロプラクター達は、自分たちの僅かな行いにより、非常に多くの事を成せるが故に、カイロプラクティックに制限など無いと考えている。

事実はどうか?

異なるプラクティスにより、カイロプラクター達は必要性を感じて、矛盾の生じる方法を追加し、空いているスペースを埋める。彼らは、カイロプラクティックではそのスペースを満たすことが出来ないと考えているからだ。この対照的なプラクティスを行うが故に、そのカイロプラクター達は説き伏せられたのか、あるいは自分たちがそうなのか。彼らは無関係で骨の折れる方法を逆に付け加えていくことがカイロプラクティックに必要だと考える。

 他のカイロプラクター達は、一つの脊椎への単一で単純なスペシフィックアジャストメントに納得し、何も加える必要は無いと考える。このスペシフィックアジャストメント自体、幾つかの、または全てのエラーやケースと遭遇するのに十二分な広範囲であるし、それが正にカイロプラクティックの適応範囲である。

 カイロプラクティックを限定的と考える者は、一つの脊椎へのアジャストメントが一つの閉塞をこじ開け、一つのプレッシャーから解放し、一つの肉体における全ての部位へのメンタルインパルスの供給を回復させる事を理解していない。彼らはこのシンプルな原則と一つの行いにより、内在するイネイトが病んだ人々の望みや要求を何もかも全て可能にするという大切なことを掴んでいない。多くの異なる職種の者たちが、病んだ人間にヘルスサービスを提供していると主張している。

基本的に、彼らは大きく三つの分類に分けることが出来る。

 一つは、潜在意識へのアプローチを通じてどうするかを教える者。二つ目は、物理療法、精神医学、自然療法、薬物学、形而上学、心理学、信仰療法、外科手術などに枝分かれされた医療である。そして三つ目は、原因を正し、後はイネイトに万事委ねるというカイロプラクティック。

 どのグループも、通常明確な形式パターンで定義されている。カイロプラクティックで言えば、単一で単純な原則とその実践である。それは複雑さや偏執さ、経験主義的思想などの勝手なものではない。仰々しいアプローチやスタイルも不要である。この原則はどんな人でも理解出来るほど単純で、この実践はどんなカイロプラクターでも病んだ人々に難無く提供出来るものである。カイロプラクターは知り得ることの一切を、社会に理解し知って欲しいのだ。互いを良く知ることでそこに価値が生まれる。名称や肩書、方法問わず、医療の括りとして分岐している一部の、或いは大抵のものは、伝統的で無知な施術とスタイルで行われている。

 医師は少しの事を知っているが、僅かな事しか出来ない。彼らは無知な患者達を囲っているだけなのだ。症状、病理、診断、治療に手術などは、偏執的な処置である。研究や教育上の膨大な準備、学説の収集、経験主義的意見や勝手な意見などが偏執的な表現となり終わりの見えない年月を必要とした。実験の最低条件として、2人の実施者が同じ方法で実験を行うことは出来ない。片方が全く正反対に行うことによりその有効性へ価値が生まれる。それはただ一点に焦点を当てたもの、即ち病気の治療である。綿密な症候学や病理学、そして診断学をプラクティスに導入した所で、結果カイロプラクターにとってそれは知識が広がっただけである。

 治療方法の幅が広がるのは何の為か。彼らは異常なものに関しての、知識の周辺域を広げているだけである。そんな事をしていたら、イネイトの重要性や脳の知的源泉、脊椎サブラクセーションが単一かつ単純にDis-easeの原因となるということを見落とすだろう。全ての医療は物理的方法により、身体的な疾患とそれをどう取り除くかに専念される。故に理学療法、物理療法、医薬品があるのだ。医学的アプローチは症状の如何により行われる。理学的診断プロセスにより、彼らは何千もの原因と考えられるものの中からそれを確立し、且つ何千もの身体の状態の中からそれを診断する。そして数千もの数え切れない物理実験的な治療を治癒させる為に与えるのだ。これら全ては、彼らを盲目的な思考から複雑に纏まり、雑然とした誤った解釈へとリードするような、とても膨大で終わりが無いものである。これはカイロプラクター達をカイロプラクティックという本線から、行き止まりへと続く幾つもの医療の脇道へと遠ざけミスリードする。彼らはその脇道を進んで行けば、より広範なカイロプラクティックが出来ると信じている。

しかし、正にその逆こそが真実である。

カイロプラクティックから遠ざかり、それを殆ど価値の無い程まで狭め、医師の落ちこぼれのようなレベルへ成り下がる。それらはカイロプラクティック誕生の必然性を無にする。彼らのようなカイロプラクター達は、医療の立証を求め、医学に過剰に傾倒し、カイロプラクティックを疎かにし過ぎている。彼らは多くの病気と、それと同じ位無数にある診断法を探し求めている。彼らは癌、ポリオ、麻痺肺炎、心臓病、胃疾患、腸障害などについて聞き過ぎてもいる。そして本来他のものと別々に分けて扱うべき各々性質の異なるものへの基本概念から遠ざかり、特異な外部からの治療として、外からの多様なアプローチへ嵌まり込む。

 そうすることで彼らは後退し、あたかも医療メソッドにおける科学的治療の確立又は独自の医学的応用だと考え、益々我々にとっての障害となるだろう。彼らはカイロプラクティックが医療に堕ち行く事で、その適応範囲が広がると考えている。私達は命に係わる手術を除いて、医療が失敗する事に対し驚くことは無い。このややこしく複雑で誤った思想は、カイロプラクティックを限定的とし、医療を広範と捉え、カイロプラクティックを広範とする医療の枠に取り込もうと考えている。

カイロプラクティックアプローチとは、内なる先天性に対する妨害又は障害、そしてその修正と復元である。

医療のアプローチは、数え切れない程膨大な矛盾の応用による外部処置である。処方、注射、手術、治療、そして貴方がどんな症状を抱えているかである。

カイロプラクティックが専念するのはDis-easeであり、その原因と関連性であり、イネイト、メンタルインパルス、ナーヴフォース、健康、そして生命力を妨害する全てである。

 物質とは実体の無いもの、例えば思考やアイデア、現実という表現などが脳内物質中で、或いはそれを介して、抽象的に表現されるものである。病気(医学的な診断名の有無に関わらず)とは、ナーヴフォースが物質内で、又はそれを介して、正常な量で流れていない、欠乏している状態である。それは筋収縮プロセスの鈍化や、その反対の弛緩(組織細胞における生成物の抑制やその活動速度自体を減少させる)。或いは単体や複数で、Dis-easeや不安定で不自然な筋収縮機能動作を引き起こす。イレギュラーなカイロプラクター達は、取るに足らない医療をカイロプラクティックの重大要素へ、そしてカイロプラクティックの重大要素をマイナー要素にするという奇行を行う者達である。彼らは無用な医療メソッドをカイロプラクティックに取り入れ、そこから派生した多くの分岐がカイロプラクティックより重要になり始めた。我々の船(ビッグアイデア)の進行は干渉を受け速度が遅くなり、船が届けるべき正常なカイロプラクティックとは逆の状況となっている。カイロプラクティックとは、完全で単純なアプローチであり、医療にしがみ付き、カイロプラクティックを底辺の価値にまで突き落とす者たちや、カイロプラクティックがもたらす原因を正し、病んだ人々を良くするというアイデア(船)のスピードを落とす無価値な者たちを拒否するものである。だからこそ、最高の健康には純度の高いカイロプラクティックが必要であることが、非実用的で不明瞭な医療メソッドや、定まらない理解や分類分け、そして何を、何処で、何故そうしなければならないかを自分でも解っていないのに求め掴もうとするような混純とした医師たちの考えなどからも十分にそれを証明している。

 患者は医師から医師へ、治癒する為に医師の診療所で年々深刻な状態から危険な状態になり。患者は病気を治療する事は、医療設備、膨大な種類の実験、何時間もの検査、色々加えたり除いたりして混ぜ合わせた錠剤の処方、終わり無い注射、数々の試験などを必要とする途方もないことだと伝えられている。そしてある日、ある方法が、予期せずに成功し、患者はその時驚かされるだろう。それは昨日誕生したばかりの特効薬かもしれない。

 今日も天に昇るような賞賛が成功を収めた医薬品の計画者たちに贈られている。医師たちはストラウスにて彼らの科学的進歩の為に熱心に社会の目を欺く。その敗者は次の日には消え、成功者(堕落者)が昇って行くのだ。実に醜い思考回路である。医療が確立され5000年、今日まで民衆に受け入れられ、道徳的に根絶されず、人々が医療を改めた方が良いと理解する時まで、それは完全な失敗にも拘らず人間社会に植え付けられた。

 医療の功績は、例えば流行したポリオの実験であろう。市は全学校を使い、ギニア子豚を実験体とし試験を実施した。その先にどんな潜在的な危険性があるかなど誰も分からず、確かな予測など出来ない。しかし高位の神学者たちは、後の新薬発見の為に、例え今の状態が酷くなろうとも、後でその薬によって治癒するので危険は無いと言う。私たちはこの状況が、学校の子供たちへのワクチン接種キャンペーンの類であると理解出来るだろう。今日では、カルフォルニア、特にロサンゼルス地域でこれまで無かった重度のポリオが発生しており、他の都市でも同じ状況が起きていると報告がある。最近ここアイオワでもより多くのポリオのケースが報告されており、数年後にはもっと重篤な問題となっているだろう。

 カイロプラクティックは58年前に誕生し、徐々に医療とその仕組みを押しのけ、勝利と功績を上げて来た。この実践はいつの日かしっかりと定着するだろう。どんなに専一な原理や実践も、試され、実験されて来た。それに成功しているからこそ病んだ人々もまたそれを求めているという事実は疑い無く、故に彼らの需要を満たす為にも提供されて来た。カイロプラクティックは、身体的または物質的特性に関して、単独または全体を対象とした研究に関心や関係は無い。それは生命と関連しており、身体の内部で単純に単一な特性を持つものと、局部的に乱れが生じ、その特性を誤ったものを含む無数のものの速度的差異が集合し、表現される“制限”の原因と修正を伴う。その“抽象的な制限”に焦点を当てるには、物理的見地を柔軟にして一つの捉え方から他の捉え方への流展がカイロプラクターを導き、カイロプラクティックの本筋と極同じように道理にかなうものである。本筋から逸れカイロプラクティックを広範な知識で考え、重要ではないあらゆる物理的医療処置への救済的・治療的な価値を考え、理解し、実践しようとする全ての捉え方を止めるべきである。カイロプラクターは、イネイトが脳と身体の間の神経で然るべき量があらゆる障害も無くスムーズに流れれば、それら全てを一度に可能にするだろうと考え、理解すべきである。そのようなカイロプラクターは、限界や制限の無いカイロプラクティックへと近付けるだろう。

 患者がカイロプラクターのオフィスに来たら、形式的にやるべきことはシンプルである、それ以上でも以下でもない。それはどんなケースであろうと、どんなDis-easeのタイプで病んでいようが、その患者に内在するイネイトが脳と身体の間で干渉されていることを理解するということである。カイロプラクターは身体的干渉の中心が脊椎サブラクセーションであると理解するだろう。またアキシャス以下の全ての脊椎は連結・連動し、脊椎サブラクセーションの持つ四大要素を表現することは不可能であると理解する必要がある。後頭骨とアトラス、アキシャス領域は連結・連動関節(四大要素を持たず、脊椎サブラクセーションには成り得ない)ではない唯一の場所であることも理解すべきだろう。したがって、カイロプラクターの本分とは、脊椎サブラクセーションというアブノーマルな場所を見極め、ただ手によって調整することにある。何時メンタルインパルスの流れ(正常な供給量)に干渉が生じていて調整する必要があり、反対にそうではない時にはそっとしておく必要があるのか。その分別を知ることが、患者へのカイロプラクターの義務である。

 レントゲン、神経熱計測器、神経熱記録計、カイロ計測器などで、アプローチが確かなものか確認出来る。サイドポスチャーテーブルのPTAヘッドピースは、患者を良くする上でイネイトが行うべき最も効率的なサブラクセーションへのイネイトコレクションを可能とする。カイロプラクターはこのイネイトの“上から下へ内から外へ”の流れを理解することだ。正常な量のメンタルインパルスの流れが全ての脳の部位から滞りなく神経系の連続性を伴い身体の全部位へ供給されていて、他の身体の部分も怠ること無く身体機能が正常かつ良好に働いている時。この時の質こそが健康に対する裏付けである。

 脊椎サブラクセーションが神経周囲、又はその管径へ圧迫を加え、供給口を塞いで容量制限を掛け、末端臓器へ神経を通り続く正常な神経エネルギー量の流れと供給速度を減少させることを知り。その生成物は異物または副産物へと変わり、干渉を受けた臓器はDis-easeとなる。一つの源泉、一つの原因、一つの疾患、一つの場所、そして一つの回復への総体的アプローチとその供給を極々簡単にするものが、患者の内部に全て在ることを理解するべきである。手による脊椎アジャストメントは、正しい場所へ、適切な方法で、適正なタイミングで与えられ、そしてこれを正した時、カイロプラクターがそれ以上何かをする必要など無く、そのアジャストメントそのものにより閉ざされた部分が開き、神経への圧迫が解放され、脳と身体の間をメンタルインパルスが適正な量で、かつ正常なスピードで円滑に流れ満たされれば、そこに繋がる末端の臓器は時間さえ与えれば、正常な生成物或いはその臓器からの副産物は再形成される。

 究極の所、病んだ人間に対し健康へと再建させるのに、これ以上のアプローチや供給は必要ない。この些細なアプローチが重大なものを届け、この限定的なアプローチが際限の無い供給である。これは旧来の殆どの排他的原理と実践、あらゆる診断で付けられた様々な病気、身体の幾つか或いは全ての臓器が病から健康へと回復させる為の評価に必要な全て。これらを十二分広範に含んだ単一で単純な実践であることを理解するべきである。どれ程の範囲がカイロプラクティックの原理と実践であろうか?その範疇以下の事を行えば、カイロプラクティックの原理と実践を限定するであろう。過去も現在も、幾人かのカイロプラクターたちは私の考えや行いは100%治療的な処置であり、私が自身のメソッドを用いるのは病人の身体を治療し、100%健康な状態へ回復させる為だと考えた。・・・これは今日では医療の概念である。カイロプラクターは、身体は100%イネイトが創り上げているということを良く理解しなければならない。100%イネイトが稼働することや、イネイトが正常で健全な機能調節を行うことは、イネイトが100%でない病んだ状態の時よりも、脳から身体へと良好な状態へ還ることが出来る。

 私はカイロプラクティックケアを提供するにあたって、私自身が小さく、重要性の低い存在なのだと捉え始めた。つまり、私が行うことは1%程度の価値であり、イネイトが行うことは99%ほどの価値である。この重大な気付きに至った時、私の行いは小さなことであり、イネイトの行いこそ大であることを知った。しかしながら、私のこの僅か1%の行いこそが大切であり、これが99%というイネイトのあらゆる重要な行いを可能とするのだ。そして私は、僅か1%の達成がイネイトの99%の領域へ広がり、病んだ人を回復させ得る限り無いものであると理解した。

 1920年に、私たちは独断的管理体制下に於いて、異なるアジャストメントメソッド、異なる箇所へのアプローチ、異なる分析方法、患者により比較出来ないものや症状、或いは病理を実証または定義し得るまで行い、それが根拠と成り得るまで続け、我々の理論は実現可能であることを出来得る限り十分にリサーチし、スペシフィック理論を発表した。1934年、私たちはこれらのリサーチをカイロプラクティックの原理原則・実践上の“船のマスト”ととして、「The Subluxation Specific, The Adjustment Specific」を執筆・出版した。しかし何人かのカイロプラクター達は我々を信じて納得したが、多数の者はこれを信じず、古いメリックシステム理論を引き続き用いた。我々は今だ、教義上の進歩段階に居たのである。

 我々は医学者たちが初めて、我々の観ているものを観て、理解していることを理解し始めたことに気付いた。それはサブラクセーションが唯一後頭環椎軸椎領域に於いて起こり得るということである。彼らは我々のように、胸腰部の脊柱を構成する上下・前後の関節突起が強固に連結されているならば、脊椎サブラクセーションは起こり得ないことを理解した。そして我々が提唱することは、確かに起こり得ると賛同した。これは彼らの立ち位置であった、カイロプラクティックは科学的根拠が無いということを我々が否定した瞬間であり、我々の提唱は起き得ると彼らが理解・賛同し、我々の地盤を固めた瞬間でもある。

 1935年、私たちは明確かつ科学的にこの理論が正しい方向性なのかどうかを証明する時が来たのだと理解し、The B. J. Palmer Chiropractic Research Clinicの建設に着手した。使用した機器は、観察した事実を機械的に自動記録するものであった。不定要素は除き、我々は一定性を構築し、全ての分野でカイロプラクティックの原則(メンタルインパルスの循環低下が齎すDis-easeからの逆転をベースとする)を内包するよりも、除外することを判断プロセスの基準とした。スペシフィックな領域に於いて、Electro-encefila-neuromentipagraphによるメンタルインパルスの循環の質をアジャストメント前後に計測する。この工程が、医療を試して失敗し、カイロプラクターの下でも改善しなかった難しいケースの患者たちを集めて、その彼らを健康な状態に導くのかそうで無いのかを証明するだろう。私たちは2×2=4が時々成立するのではなく常にそう成るように、厳密的に科学上間違い無くほぼ起こり得るという裏付けの下にこのリサーチクリニックを建てた。19年間、その独断的な理論を科学研究室で行って来たのだ。

 私たちは1954年7月1日に、全141,446の研究試験によりこれを証明した。ここでは、どこの医学的なオステオパシーやカイロプラクティック研究施設、或いは大学も行ってこなかったことをあえて実施した。つまり彼らの失敗に対し、我々は特定の原理原則とその実践のみを正確且つ効率的に、ただ一つの領域へ、ただ一つの方法で提供し、試験・証明したのだ。

 クリニック開設から16年後の1951年、我々はグリーンブック第25巻を発行した。カイロプラクティッククリニックコントロールリサーチに於いて、同業者やそれ以外の者たちの考えや行いには構わず、我々はリサーチの事実を主張した。ここに居る我々は、リサーチの科学的な正当性を確信している。

 私達はこのアプローチ法を、カイロプラクティック源泉学会のPSE教育として、PSE講師監督の下パーマー上級生クリニックで12年間教え込んだ。12年後となる1954年6月の今日、私たちは貴方に、パーマー上級生クリニックとそれよりも高度と考えられるB.J.Palmer Research Clinic(これは彼らが我々のような徹底さに欠け、且つ我々と同程度の数の方法で検査を行っていた為で、我々がより厳格に管理・研究する事を請け合った為である)、この二つのクリニックに於いて立証した事例の具体的な事実とその数字をお伝えする準備が出来た。この趣旨の主な目的は、学生側のパーセンテージ開示により優先的に学会の制度を発展させ、我々のメッセージを卒業生たちによって世界に伝え、そしてこのリサーチクリニックの研究を彼らによって今以上に実証させる為である。

1942年から1954年6月にかけての11年半のデータは以下の通りである。

・クリニックでの学生のアジャストメント数
 総数:41.280 年平均:3.589 月平均:299
・患者数
 総数:135.096 年平均:11.747 月平均:979
・プレチェック・アジャストメント
 総数:296.350 年平均:25.769 月平均:2147
・プレチェックでノーアジャストメントの判断
 総数:82.961 年平均:7.214 月平均:601
・パターンクリア
 総数:683.856 年平均:59378 月平均:4948
・複数回検査後もパターンクリア
 総数:364.731 年平均:3175 月平均:2643
・スパイノグラフによるメジャーの選定
 総数:82.669 年平均:7188 月平均:599
・パルペーションによるメジャーの選定
 総数:52.084 年平均:4520 月平均:376
・アトラスをメジャーとしてアジャストした回数
 総数:55.084 年平均:7.790 月平均:399
・アキシャスをメジャーとしてアジャストした回数
 総数:13.767 年平均:1197 月平均:100
・C3をメジャーとしてアジャストした回数
 総数:136 年平均:11 月平均:1
・その他のミスアライメントをメジャーとしてアジャストした回数
 総数:1641 年平均:142 月平均:12
・患者の訪問回数
 総数:671.219 年平均:58384 月平均:4865
・アジャストメント回数
 総数:67.914 年平均:5906 月平均:492
・患者からの良好報告
 総数:102.179 年平均:8885 月平均:740
・患者からの改善報告
 総数:47,144 年平均:4098 月平均:341
・患者からの改善無し報告
 総数:10.766 年平均:936 月平均:78

 知っての通り、私たちは学生クリニックを事務形式で運営している。オフィスの電話代や呼び出し、X-線の設備費用などへの請求で利益を出しているが、学生が自分のオフィスで受けるセットアップ指導やそこから生まれた利益などは学生が卒業を保障される前の段階なのでそこには含まない。もし含むようなことがあれば、統計結果もまた変わるだろう。
 11年半の間、私たちはクリニックのサービスで、5,142,024ドル、年間で455,828ドル、または月間平均37,985ドル17セントを計上した。これらの数字に関して報告する。我々は過去11年半で、クリニックを訪れた人々にフリーシックサービスを施し、その寄付金として5,142,024ドル、年間455,828ドル、または月平均32,985ドル17セントを受けた。これをパーセンテージにすると以下の通りである。

・スパイノグラフ  61.1%
・パルペーション  38.5%
・アトラスメジャー  77.9%
・アキシャスメジャー  19.4%
・C3メジャー  1.7%
・その他のミスアライメント  2.0%
・アジャストメントの間隔平均  39日
・良好報告  63.8%
・改善報告  29.4%
・改善無し報告  6.7%
・患者にサービスを提供した平均金額  38ドル6セント

世界の歴史的にも、このように数字を恐れずに提示したクリニックは無いだろうし、注目に値する記録だと考える。

 この会話をテープに録音しておいて良かった。貴方も必要な時に再生出来るのだから、このような記録をどこかの医学会の前で録って欲しいと願う。
「B.J.」「はい?」「そのような統計を印刷して、患者に手渡すことは良いですね。テープにも録音したんじゃないですか?印刷出来ますからね。思うに、我々の一つの大きな過ちは、ここに居る連中がそれをしなかったことだと思います。公表するに値することですが、我々はそれに手間や時間を掛けなかったのです。」
ある日、他にもそのように言う人がいた。
「B.J、何故カイロプラクティックヒストリーを書かないのですか?」
私は、「忙しくて、とても書けませんね。」と言った。
二つ一遍には出来ない、少なくとも私には。

 現在我々はクリニックにて、過去に行ったことも含めより多くのリサーチを行っている。昨日Dr.Denaroから、我々が進めている大きな計画に関して報告があった。しかしそれに関してはまだ何も言うことは出来ない。統計を纏め、事実を得るのだ。私は月間報告をクリニックと学生クリニックから受けている。その積み重ねの結果が、これまでの11年半である。そしてそのデータを分類し、完璧に分析して貴方に数字をお伝えしたのだ。


1981,12,29---1982,2,13   MARTEL’_N.KANBE_A.ONO

和訳ここまで↑











“We never know how far reaching something
 we think, say, or do today will affect millions of lives tomorrow.”

「今日我々が考え、話し、行うことが、明日の無数の人生に影響を与える。
 それがどれ程までに達するのか、私たちには解らない。」

 By B.J.Palmer D.C.,Ph.C.

~ そこに情熱が在るから ~

先日、ニーチェストバディのスコットと、トレーニングを行った。

彼はホントに真面目で、その熱心さに驚かされる。

豆状骨の感度を上げる為、財布の中に紙と髪の毛を入れて持ち歩いている。

トレーニングを終え、夜飯を一緒に食べていると、


何故無償で知識をシェアしてくれたり、トレーニングに何時間も付き合ってくれるのか?


と聞かれた。


その時改めて、尊敬する諸先輩方が今までそうして自分と向き合ってくれていたことのありがたさを理解した。


理屈じゃないし、金じゃない。


自分が大切にしているものを大切にしてくれるから、素直に力になりたいと想う。

きっと先輩方もそういう気持ちで自分と向き合って下さったんだろう。


そんな灼熱の如き情熱を持ったストレートカイロプラクターたちと出会い、更に深い付き合いが出来る。

それだけでも自分の人生は、ストレートカイロプラクティックによってとても豊かに成った。


スコットの情熱に触れ、大切なことに気付くことが出来た。


自分たちはとても恵まれている。


これからもTIC愛を胸に、情熱ある人間たちと向き合い続けたいと思わせてくれた最高の一日だった!













"I love you because you love the things I love."

「私は貴方が大好きです。何故なら、私が大切にしているものを大切にしてくれているからです。」

 By B.J.Palmer,D.C.,Ph.C.

~ 乾坤一擲 ~

来年に迫ったSherman進学に向け、秋学期のプランを考えていた。

残りの単位(約10クラス分)を、秋と来年の春学期とに分けて手堅く行くか。

それとも全単位一気に取り、年内でプレカイロを終わらせるか。


アドバイザーからは、

「二学期に分けて手堅く確実に行きなさい。

一学期でそれだけの単位を一遍に取ろうだなんて聞いたことが無いわ。

クレイジーな考えは止めときなさい。」


とアドバイスをもらった。


なので、


秋学期に全単位取ることにした(爆)



これは自論だが、


ある挑戦に対して"悩むことが出来る"ということは、

ポテンシャル的に"気合入れれば何とか成る"ということだと思う。



この山を越えれば、


長かったフューチャーSherman学生を卒業し、

いよいよSherman College of ChiropracTICの学生となる。











気合入れてやったります!!!












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                DC 2B!!













「思想は目に見えない自然。自然は目に見える思想。」

 By ハイネ(ドイツの詩人、作家、ジャーナリスト / 1797~1856)

~ THIS IS STRAIGHT CHIROPRACTIC ~

今日は約二ヶ月ぶりに、マスター・Thom Gelardi D.C.と御会いした。

師の家に招かれ、奥方Bettyとも久々の対面を果たし、積もった話しを報告する事が出来た。

以前、あるYoutubeの動画で、昏睡状態のペイシェントがカイロプラクターの下へ運ばれて来たのを観た事があったので、そのような人のスパインチェックをしたことがあるのか尋ねてみた。


マスターは、1987年にブルガリアから訪れた一人の少女の事を思い出し、カイロプラクティックケアを提供してから彼女が帰国するまでの身体の変化を記録した動画と共に語ってくれた。


少女はマグダという名で、年は11歳だが見た目は6歳くらいと小柄で、昏睡状態ではないが生まれた時から自分で身体を支える事も動かすことも出来ず、目の焦点も定まっておらず、おまけに物を飲み込む事も出来ずにチューブで栄養を取っているような状態だった。


彼女の症状は原因不明とされ、過去に医療や様々な療法を試したが効果を得られず、知り合いのカイロプラクターの紹介でマスタートムのオフィスに辿り着いた。


二回目のスパインチェックで、マスタートムは脊椎サブラクセーションの状態であることを確認し、最初のアジャストメントアプローチを施した。身体は既存のテーブルでは固定出来ないので、Bettyの膝に彼女をうつぶせに乗せて上部頸椎にターグルスラストを与えた。


Thom Gelardi D.C.は言った、

「もし彼女が脊椎サブラクセーションの状態で無かったら、私に出来ることは何も無い。

病名もその原因も私は解らないが、脊椎サブラクセーションの状態であるかどうかは解る。

彼女は本当に素晴らしい表現を見せてくれたよ。」




彼女の父親は驚きを隠せず話した、

「先日施術を受けた帰りの車中で、彼女は生まれて初めて音を発したんです。」



それから二週間後、四週間後と彼女がオフィスを訪れた時の様子が映し出されたが、マグダという生命の躍動を強烈に感じさせる映像だった。


彼女は徐々に、


首を自分の筋力で支え、

お父さんの呼び掛けに笑顔で応え、

自分の指で叩くミニピアノの音に喜び、

言葉を発しようと懸命に口を動かし、

足をバタつかせて自分の喜びを表現出来るようにまでなった。




彼女が帰国するまでに施されたアジャストメントアプローチは、一度きり



マグダの生まれ持った叡智が魅せてくれた生命力の偉大さに、

カイロプラクティックというアイデアが本来持っている圧倒的なポテンシャルに、

心が震えた。















"Innate striving to maintain its own health as ALWAYS."

「我々が生まれ持つ叡智は、何時如何なる時も健全な状態を維持しようと努めているのです。」

 By Thomas A. Gelardi D.C. (Sherman College of Chiropractic 創設者)


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ISOBE HIROFUMI

Author:ISOBE HIROFUMI
米国のストレートカイロプラクティック大学、シャーマンカレッジへ留学中。

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