~ サウスカロライナの "JoJo" ~

昨日はShermanに行き、ある人物とお逢いして来た。


サウスカロライナの "ジョジョ (JoJo)" こと 、Joseph J. Donofrio D.C.


彼はShermanにおいて、機材管理の権限を持つ。

先日Mitziに例のダブル"K" ニーチェストの事を伝えると、

「ちょうどShermanでもニーチェストを買いたいと思ってたの!」

とタイミングの良さもあって話しが弾み、彼女から直接担当者と話してみてはと、"JoJo"を紹介された。

彼は1994年にShermanを卒業し、1997年からSherman講師として働いている。

そんなJoJoは、学生時代の嶋田D.C.は勿論、なんと藤渕先生にも逢ったことがあるというのだから驚きだ。


Shermanニーチェストが、今年日本で生まれ変わったこと。

Sherman大学が来年の新学期に向け、ニーチェストテーブルを探していたこと。

そして責任者であるJoJoが、開発に携わったお二人を知る人物だったこと。

これらの"Sherman縁"にも恵まれて、

彼にダブル"K"ニーチェストの事を話すと、是非詳しい話しを聞きたいと言ってくれた。

後日、彼や講師陣の前でそのプレゼンを行う。


ライバルは、ケール財団のニーチェストのようだ。


ダブル"K"お二人のSherman愛が生み出した、ジャパンメイドの新たなShermanニーチェスト。

同じ日本人として、感動を貰った一人の後輩として、このプレゼンは必ず成功させる。












「芸術とは哲学の表現であり、最上の芸術とは生命の芸術である。」

 By Thomas A. Gelardi D.C.

~ 118年 ~

1895年9月18日にカイロプラクティックが誕生してから今日で118年。

その歴史の中でも1900年代初期の出来事が印象的だ。

カイロプラクティック以前に誕生したホメオパシー、自然療法、オステオパシー、あるいはそれらを混ぜ合わせたものは所謂ヘルスケアという保健医療の枠組みに入った。

そんな多くの専門職があえなく医療の傘下に下る中で、"医療行為とは性質が明らかに異なるものである。"と宣言し、カイロプラクティックは独自の専門職の確立の為に医学界に立ち向かった。

当然医学界からの圧力は凄まじく、多くのカイロプラクター達が投獄されたと言われるカイロプラクティックと医療の抗争。

1906年にはB.Jとその卒業生たちが、逮捕されたカイロプラクターたちの為、合法的にカイロプラクティックを実践出来るよう"世界カイロプラクティック協会(UCA)"を設立。

そんな最中、"無免許による医療行為"として起訴されたカイロプラクターの裁判が、1907年に行われた。

UCAとして初めて臨むこの裁判は、日本人初のカイロプラクター、森久保 繁太郎の処遇を巡って争われた。

無免許で行ったとされた医療、オステオパシーなどの施術行為。

最後に判決の明暗を分けたのは、カイロプラクティックのアイデンティティーとも言える"哲学"の存在だった。

結局Dr. 森久保は無罪を勝ち取り、この事件後、カイロプラクター達にとって"カイロプラクティック哲学"は、自分たちの専門職の独自性を守り、社会的な圧力に対抗する上でも大きな支柱となった。


こういった時代背景は、

カイロプラクティックが何故、哲学・科学・芸術の三大要素で構成されているのかということ、そしてそれぞれの要素にはその歴史があり、一つとして欠けてはいけない大切な三本柱であることを教えてくれる。


118年を迎えたカイロプラクティックが、今の濁りきった姿から本来の姿に還るその日まで。


生き残っているストレートカイロプラクター、

そしてそれを志す者たちの役割は大きい。







参考文献

National Institute of chiropractic research

Virtual Mentor

Chiropractic History: a Primer








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       Dr. 森久保 















「生命とは、"トーン"の表現である。

 この言葉の中に、カイロプラクティックの基本原則がある。」

 By Daniel David Palmer(カイロプラクティックの父)

~ アメフト ~

昨日はMitzi姐さんと共に、彼女の娘さん達が通う高校のアメリカンフットボール観戦に行って来た。

観戦前に、タイレストランで夕食を取る。

エビがゴロゴロ入ったカレーを注文してみると、辛い中にもマイルド感があって美味い!





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                 エビがデカい!







高校に着くと、なんと広大な駐車場に車が一杯だった。高校生のフットボール試合と言えど、その盛り上がりは自分の想像を軽く超えていた。

観客はお気に入りの選手の背番号と名前入りのユニフォームを着てたり、身体中にチームカラーのペイントをしたり、選手たちのポスターが大きく飾られていたりと、まるでプロのゲームかと思ってしまう。

初めてのアメフト観戦は面白かった。選手たちは懸命に走り、果敢にタックルして行く。トライをする為に、チームが一体となってボールを持つ味方の為に身体を張って"道"を創る。正に"One for All, All for One"と言う言葉を連想させる。観客もそんな選手たちに精一杯声援を送っていた。







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  自分が選手で、観客にここまでされたら・・・モチベーションはMAXだろう。







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               拮抗した良い試合だった!









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            ハーフタイムには吹奏楽が披露された。







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    チアリーディング!(実はこれが一番楽しみだった!爆) 







ハーフタイムが終わるかという時、Mitziが売店に行こうと言いだした。売店に着くと何故か"ボランティア"として売店の兄ちゃんへ変身。(笑)


いきなりではあったけど、会計しながらお客さんと取るコミュニケーションはかなり楽しかった。

カンボジアから来たと言う高校生の女の子が、同じアジア人という理由で挨拶しに来てくれたりと、ちょっと感動する出来事もあった。

結局試合が終わるまで売店の兄ちゃんをして、しまいには会場のゴミ拾いにも参加。

帰る頃には夜の11時を過ぎていた。


アメリカの高校生達のエネルギッシュな姿を直に見ることが出来たし、ボランティアを通じて地域住民と交流もした。


何だか清々しい、良い一日だった。











「青春とは人生のある期間ではなく心の持ち方を言う。」


 By サムエル・ウルマン(アメリカの実業家、詩人、教育者)

~ ある青年の物語 後編 ~

そうして一年が巡り、パーキンスが休暇を取る時期になった。彼が戻るまで、そこは私の家になった。ある日、年配の男が訪ねて来た。男は私を鋭く見つめた。すぐにあの権力を握る男が入って来ると、年配の男は彼を傍に呼んだ。彼らの会話を断片的にだが聞いた。「パーキンスの机にいるこの男は誰だ?」年配の男が尋ねた。権力を握る男が私の名を告げた。「面白い、彼の事を聞いたことが無かったな。」はっと男は息をのんだ。その後は声のトーンを抑えて話されたので何も聞こえなかった。その夜、私の居間にあの権力を握る男がやって来た。「やぁ、」彼は話し始めた。「君とは現場かどこかで確か会ってるね。僕はずっと、あの方の被後見人か行方知れずだった親類かと考えていた。今日、彼が君の事を知らずにあの部屋に来て飛び上がってたね。勿論君は問題にしなかったろうが、すごく居心地の悪い場にしてしまったな。」「何か問題でも?私が仕事でミスしたとか?」「そんなことは言ってないが、まあその質問は置いといて。何がどうしてこんな事に。君のことを皆よく知らないのに、どうやってこの仕事の重役に就けたんだ?君の事を教えてくれないか、どうだい?」「1881年、アイオワの陽気で小さな炭鉱業の町で、私は貧しくも誠実な両親の下に生まれました。父は手押し車で魚を売り歩き、母は私が1~1才半の時に亡くなり・・・」「ちょっと待って。君に関わりのある者、若しくはバックアップしている者を教えてくれ。昔の事は飛ばして、誰が君に職を与えたんだ?」私はモーリスの革張りの椅子で反り返り、丁度一年前、あの面白みの無い日の記憶を思い出した。そしてそれは、私に名刺を貰ったことも思い出させた。その瞬間までそんなことは考えもしなかった。私は立ち上がり、クローゼットの中から波乱の日を過ごしたあのスーツを取り出し、着てみた。私が"目覚めた"記念品として、これは残しておいたのだ。期待してた通り、みすぼらしいベストのポケットに、あの名刺が入っていた。初めて私はそこに刻まれた名を読んだ。

マシュー モリソン ランドルフ証券

私はその名刺を男に手渡した。彼は不思議そうな目でそれを読んだ。今、ランドルフは物言わぬ"ビジネスパートナー"だった。信じられない偶然だと、あなたは思うかもしれない。しかしそれは、成功は不可能だと信じる人々だ。そんな彼らにとっては、成功とは不可能であるということ。そしてたぶん、あなたもこんなことは起こりえないと思うだろう。しかしこれは実際に起きてることなのだ。「おかしなやつだランドルフ、君の名をあの方に言ってなかったとはね。とにかく、これをあの方と話してる時に知っていれば良かったな。」「知らなくて良かったですよ。」私は軽く笑いつつ答えた。「何故だい?」男は混乱して尋ねた。「電話してくださいランドルフさん。あの方がその答えを教えてくれると思いますよ。」「しかしな、」と彼が言葉を続けるのを遮り、「電話しましょう。そうして欲しいのです。」と私は押し通した。そうしてすぐにランドルフは電話を掛けた。「さあ、尋ねてください。」そして彼は尋ねた。私は彼の表情が変わっていくのを見ていた。「あなたは、この男の名を聞いたことが無いですって!」彼は息をのんだ。「何故です?彼は現場の最高責任者ですよ!?」「私が話した方が良さそうですね、ランドルフさん。」私は話しを止めた。彼は手を震わせながら受話器をくれた。「ランドルフさん、あなたは私の名を覚えていなかったでしょう。確かあなたは、私の名を聞かなかったのですから。しかし一年前、乞食のような男が食べ物を求めてきた日のことは覚えてるでしょう。」「続けて、」歯切れのいい声が受話器の方から聴こえた。「あなたも恐らく、その乞食が必要なものは食べ物ではないと言ったことを覚えているでしょう。それは"ある何か"だけであると。ランドルフさん、私はあなたと話し、そしてその"ある何か"を見付けた乞食ですよ。私はそれを使う術を学びました。そしてあなたに、道を示してくれたお礼を言いたかったのです、その機会があった時に。」

今あなたが聞いているこの話しは、一時間のうちに奇妙な三人組に伝えられたものだ。権力者、学者、そしてマシュー モリソン ランドルフ。私が話す物語に、ランドルフは納得したように頷き。そして小さな学者の目が妙に光りだすのに気が付いた。話しを終えた時、私たちは長いこと黙り込んでいた。ついにランドルフが「では今、君が考える"ある何か"とは実際何なのかを教えてくれないか?」私は弱弱しく頷いた。「皆さんも、私と同じくそれをご存知です。しかし私は一つのことを確信しました。それは、現在の電気製品と同じ位現実的な人間の力というものです。精神的な力、魂という機関の燃料。それは、私たちが魂に宿る"ある何か"に気付くまでに不可欠なもの。私たちは、見出した"ある何か"へ我々の身体を導くんです。あとは私たちが肉体をその"マスター"へと導くんです。全ての魂に潜む"ある何か"が目覚めるまで。その多くは、最後の眠りにつくまで眠ったままです。時には、人が死の淵に立つまでそれは起きません。なのに時には、母の膝で遊んでいる子供に見出されもします。人の成功は唯一、その人の魂に在る"ある何か"次第なのです。アブラハム・リンカーンは若くしてそれを見付けました。それは彼が横になって勉強していた、冷たい床を温めたのです。それは彼が本を読めるよう、ちらついた火の光を山火事の如く明るくしました。それは彼の心を大いに弾ませたのです。"ある何か"とは、凄まじい力です。それはちっぽけなコルシカ人を、世界の覇者にしました!それは薄っぺらいイカサマ帳簿係を、大国の大富豪にしました!それはエジソンを時代の英雄としました!それはカーネギーを鉄鋼王にし、ウッドロー・ウィルソンやフランクリン・ルーズベルトを大統領にしました!それはあなたを創っているんです!それは今、あなたの魂に在るんです!今こそそれに気付く時です!"ある何か"に!

またもや沈黙が続いた。私が学者を見ると、彼の目は徐々に死んで行くようだった。彼は衝撃を受け、疲れ切っているようでもあった。「いや、そんなこと出来ないよ。そんなこと出来ない。」彼はそう呟いた。「僕は人生というカップを殆ど飲んでしまい、今は僅かに残ったのを飲んでいる。カップは一度だけ満たされたけど、失った分はもう戻らない。あとは老いと貧しさだけがあるのさ。」「バカ野郎、」そう言ってランドルフが泣いていた。彼は身を乗り出し、学者の小男を荒々しく揺すった。「あんたは殆ど"ある何か"を手に入れたようなもんじゃないか。なのに今、あんたはそれを自分のバカげた悲観的な歌で眠らせようとしている。それは何世紀もの間、人々が掘り進んで行った誤った考えだよ。目覚めるんだ、さあ目覚めろ!あんたの魂に在る、"ある何か"と共に目覚めるんだ!」二人は互いの目を深く見つめ合っていた。小男が沈黙を破った。「ありがとう、ランドルフ。」彼は心からそう告げた。「君の言うとおりだ。"そうするよ"。」そしてランドルフが私の方へ振り向いた。「なあ、僕たちにしてくれた話しを本に書いてくれ。書いてくれれば人々はそれを読むだろう。世界にそのメッセージを送るんだ。もし人々がそれを記憶に刻み込むまで読んで、読み返せば、或いはもし君のメッセージを人々が信じ、そして彼らの魂の中に眠っているそれに気付けば・・・そうだな、もし君が人々をその事に目覚めさせることが出来れば、君は人類に対して、何千もの人間が何年も何年も掛けてやってきた以上のことを成し遂げるだろう。書いてくれ、ここで君が話してくれた言葉そのままに、全ての人がそれを読むだろう。書いてくれ。なあ、それを書いてくれ。」


そして私は、それを書いたのだ。


この話しを聞き終えたあなたが、あなたの内に在る"ある何か"に目覚めるまで、何度も何度もその全ての言葉を繰り返し聞くことを。そして、世界を統治する一人と成ることを願っている。



おしまい








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「闇を憂うより、一本のキャンドルに明かりを灯す方が良い。アイデアを掴めば、あとはおのずとついて来る!」

 By B.J.Palmer


プロフィール

ISOBE HIROFUMI

Author:ISOBE HIROFUMI
米国のストレートカイロプラクティック大学、シャーマンカレッジへ留学中。

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